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Author:まさゆき
富士山のふもとで「あおば鍼灸院」を開業 趣味は読書と瞑想、精神世界の探求 子供3人と妻、母、犬とでワイワイ暮らしています

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瞑想とは?
頭の中でゴチャゴチャと無自覚に続く思考が
私たちのストレスの正体ですが

この思考に気付き、コントロールするための方法として
瞑想があります

僕は数年前から時々瞑想をするようになり
ここ最近は毎日瞑想に取り組んでいます

四六時中続いていた思考の雑音が
徐々に少なくなってくると

思考にさえぎられて気付かなかった
いろいろなことに気づくようになります

みること、聞くこと、味わうことといった
五感がだんだん研ぎ澄まされ

花の美しさに感動したり
野菜のおいしさにほほ笑みがこぼれたりします

アサガオを見つめたまま立ち止まっていたり
キュウリを噛みしめてウットリ目を閉じていたり

傍から見るとあぶない人みたいですが(笑)
こんなにも素晴らしく味わい深いものが
身の回りにあふれていたことに
今更ながら気づいて驚いています

最近2本ほど映画を見ました

スタジオジブリの「借り暮らしのアリエッティ」
川口浩史監督の「トロッコ」
胸がジーンとして涙がこぼれて
映画ってこんなに素晴らしいものだったのかと
今更ながら気づきました

いままでは映画を見ながら思考が働いていたのでしょうね
「いまのセリフはどういう意味なんだ?」とか
「俺だったらこうするのに、馬鹿だなこいつは!」とか
ゴチャゴチャ考えながら映画を見ていたんでしょうね。

もちろん「アリエッティ」も「トロッコ」もすばらしい作品でしょうけれど
あれこれ判断を差し挟まずに、ただ集中してみることで
いままで以上に映画の良さを味わえたのだろうと思います


人間には、見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れるといった五感のほかにも
さまざまな感覚が備わっています

通常私たちの意識は思考に占領されているため、
感覚を通して受け取っているさまざまな情報が
意識に届かなくなっているのです

感覚に意識を向けていくことで、思考の騒音を小さくしてゆく

考えてばかりいるのでなく、感じることと考えることの両方を使いこなしてゆく

一部分しか使われていなかった私たちの能力を、
十分に使えるようにしてゆく
それが瞑想なのですね

瞑想のやり方についても
今後、徐々に書いてゆきますね
よろしかったらおつきあいください

今日も読んでいただいて
ありがとうございました


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食養生の基本 4
みなさんこんにちは
 
すっかり秋になりましたね。 秋といえば、食欲の秋。

脂の乗ったサンマや、いろいろな果物、栗やイモや新米、
それにキノコ類。 おいしいものがたくさん出回っています

秋は栄養価の高いものがたくさんとれる時期で、夏ヤセで減ってしまった
体重を元に戻し、寒い冬に備えて皮下脂肪をため込む季節なのですが、

人間の場合は、野生の動物と違って冬でも食糧が手に入る上に
暖房が発達して、厳しい寒さを耐え忍ぶ必要がありませんから
食べすぎてしまうことのないように気をつけたいのもです

さて、食養生の基本について解説しています

今日はその③として、「体質に合ったものを食べる」
ということについて、お話いたします

東洋医学には「薬食道源」という考え方があります
薬も食べ物も同じ仲間であるということですね

実際に漢方薬はすべて生薬、つまり植物や動物を原料としています

食べることのできる物のうち、食べやすいもの・おいしいものを食物とし
おいしくはないけれど、体に対する調整作用が大きく
性質に偏りがあるものを、薬として使用するようになってきたのですね

ですから、薬ほど作用は大きくないものの、すべての食べ物は
体に対するある程度の調整作用をもっています

その作用を知り、体質に合ったものを食べるのがよい、というわけです

さて、人の体質というのは様々ですが、おおまかに言って
冷え症の人とほてり症の人に分かれます

冷え症の人は体を冷やす食べ物を食べすぎないことが
ほてり症の人は体を温める食べ物を食べすぎないことが必要です

体を温める物と冷やすものについては
すべての食べ物について列挙することはできないのですが

おおまかな目安として、
根菜類など地面の下にできるもの、冬に収穫されるもの
寒い地方で収穫されるものには体を温める作用があります

カボチャ、ニンジン、ゴボウ、ニラ、シソ、小豆など
色の濃いもの、黒っぽいもの、赤・黄・橙など暖色系の
色をしていることが多いです

ナシ、カキ、ナス、トマトなど地面から離れた所にできる
野菜や果物、夏に収穫されるもの、暑い地方で収穫されるもの
には、体を冷やす効果があります

体を冷やす食べ物と温める食べ物については、興味のある方も
多いでしょうから、いずれまた詳しく紹介しますね。

食べ物の体に対する作用というのは、冷やす、温める以外にも
さまざまな作用がありますが、薬と違って穏やかなものですから
あまり神経質に考える必要はありません

前々回に書いたように、季節の食材を食べる、地のものを食べる
なるべく食材全体を食べる、ということに留意していただければ十分です

そのうえで、冷え症の人は生野菜や果物などを食べすぎない
暑がりの人は辛いものや香辛料、肉料理などを食べすぎない
ということに気をつけてもらえばよいのです


なお、健康雑誌の記事などで、特定の食べ物を食べることで
病気が治るかのような記事が載ることがありますが
食べ物の体に対する作用は穏やかなものですから、
そのようなことはありません。

もし、治ってしまうとしたら、それはもはや食物とは言えず
薬ということになり、医師の処方箋や薬剤師の管理が必要ですよね

医食同源という言葉はありますが、あくまでも食べ物ですから
神経質になる必要はない代わりに、薬のような効果を期待しても無理なのです


今日も読んでいただいて
ありがとうございました

食養生の基本 3
みなさんこんにちは

食養生の基本についてご紹介しています

前回はその①として、季節の食材を食べる、ということをご紹介しました

今日はその②として、「なるべく食材全体を食べる」
ということについてご紹介します

東洋には、「部分の中には全体が宿っている」という考え方があります

例えば空を見ると、昼は太陽が万物をあたたかく照らしてくれ、
月や星が輝く夜は涼しくなり大地の熱を冷ましてくれますが

私たちの体にも、寒いときには熱を産生して体温を保ち、
暑いときには毛穴を開いて汗を出し体を冷ます働きがあります

温める、冷ますという両方の働きが、
宇宙にあるように、人体にもある・・・というわけです

このような観察から人の体を「小宇宙」と呼んだりもするのですが
「小宇宙」は人の体だけではなく、あらゆる動植物もそうです

それ自身がこの世界の中で自分で成長し発育します

ですから、すべての生き物は「小宇宙」であり、
必然的にすべての食べ物も「小宇宙」なのですね。

ですから、食物も、なるべく食べられる部分全体を食べたほうがよい
という考え方なのです。

例えば、お米であったら精製した白米よりも玄米の方がよいですし

野菜や果物でも、なるべく全体を食べたほうがよい、と考えます
たとえば大根などは、葉っぱなども捨てずに食べたほうがよいですし
リンゴやカキなども皮まで食べたほうが望ましい・・ということです

もっともスーパーの大根は、初めから葉っぱを切り落としてあるので
お百姓さんでなければ難しいかもしれませんが。

栄養学的にも玄米などの未精製の穀物の方が、はるかに栄養がありますし
リンゴなども皮と身の境に多くのビタミンがあるそうですね

この、なるべく全体を食べるという考え方は、動物性の食品にも
当てはまります。

全体を食べることのできない牛や豚などの肉よりも
魚、それもなるべく全体が食べられる20センチくらいまでの
小魚が望ましいと考えます

また、魚介類よりも鳥類、鳥類よりも哺乳類の方が
人間の体に似ている食べ物であると考え、
滋養強壮の作用もあるが、逆に毒にもなると考え
あまり食べない方がよいと考えられています

穀物や野菜、小魚などを中心に食べていた時代の方が
肉や乳製品をたくさん食べるようになった現代よりも
成人病が少なかったことを考えると

東洋の伝統的な食養生の知恵は
確かに理にかなっているのですね


なお、「部分の中に全体が宿っている」という考えは
人体の一部分にも、体全体が投影されているという考えにつながり

耳のツボだけで全身の病気を治療する「耳ツボ療法」や
足の裏をもんで全身を整える「足裏マッサージ」が開発されたのですね。

今日も読んでいただいて
ありがとうございました

食養生の基本 2
みなさんこんにちは

人類の歴史は飢えとの戦いの歴史でした
栄養不足が病気の主な原因であり、
食べるものがあるかどうか、が一大関心事でした

今日の日本やアメリカのように、食べすぎが病気の原因となり
何を食べれば病気にならないで済むか、に苦慮する時代というのは
本当にまれなことだと思いますね。

もしかしたら人類史上初めてのことかもしれません。

さて、食養生の基本原則のその①は

「季節のものを食べる」ということです

人間と自然は一体であるというのが、
東洋医学の考え方の基本ですので
人間の体にとって必要な栄養というのは
季節ごとに自然が与えてくれていると考えるのです。

例えば、夏にとれるキュウリ、スイカ、ウリ、トマトなどの
野菜には体のほてりを冷ましてくれる作用があり

冬に取れるレンコン、ニンジン、ネギ、ゴボウなどは
体を温める作用があります

昔はハウス栽培も冷凍庫もありませんから
野菜はすべて季節のものばかりでした

夏には夏の野菜を食べて、冬には冬の野菜を食べたのです
いまは、真冬でもキュウリもトマトも手に入ります。

冬でも生野菜のサラダを食べている人もいますが
体を冷やす夏の野菜なので、あまりお勧めできません

同様に、春にとれるタケノコ、フキ、ワラビ、ゼンマイなど
アクの強い野菜には、体をアルカリ性にして、
冬の間に余計なカロリーをため込んで、活動力の落ちた体の目を覚ましてくれ

秋には米、麦、栗、、イモなど寒い冬に備えて体にエネルギーを
蓄えるための食物がとれるのです

秋になると空気が乾燥し、鼻やノドの粘膜が潤いを失い
風邪をひきやすい季節になりますが、秋の果物である
カキやナシにはノドや鼻などを潤し乾燥を防ぐ作用があります

季節のものを食べるというのは、実に理にかなった方法なのですね。

なお、季節の食材の中でも、特にお勧めなのは
自分の住む場所でとれた食材なのです。

トラックで遠くから運ばれてきた野菜は、
あなたの住むその街と同じ気候とは限りませんよね

あなたの住むその街の気候の中で、旬を迎えた野菜が
一番その土地の人々にとって理想的な食べ物なのです


今日も読んでいただいて
ありがとうございました
「食養生」の基本
みなさんこんにちわ
 
このブログでは、ココロのはなしとともに、
食事のはなしをよく取り上げます。

そして、病気にならないための食生活の基本として

1、ごはんをしっかり食べること
2、カタカナメニューは控えめにすること
3、夕食を軽めにすること

の3点に気をつけるようお勧めしてきましたが

今日から、病気を予防するだけでなく、
より積極的に健康になるための食生活の知恵、
東洋医学の「食養生」についてお話ししてみますね

皆さんは「養生」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

東洋医学では、病気の治療と同等かそれ以上に、「養生」ということを重視します。

「養生」とは、自然の摂理に沿った生活をすることで、病気を予防するだけでなく、
より積極的に健康になってゆこうとする東洋医学の知恵です。

「養生法」は、食事の仕方だけにとどまらずに、呼吸法や
精神生活、運動や休息、睡眠、性生活など様々な分野に及びますので
いずれそれらの分野についても書いてゆきますね。

まずは、食養生の基本的な考え方です

人間と自然とは一体である、というのが東洋の基本的な考えですので
養生法の基本は、「自然の摂理に沿った生活をすること」です

ですから食事という面においても、なるべく自然に沿った食生活、
ということを重視します。 具体的には

1、季節のものを食べること
2、なるべく食材全体を食べること
  
の2点がポイントとなります

また、「薬食道源」(日本では医食同源といいますね)という
言葉があり、日常の食事こそが良薬であるという考えから

3、体質に合ったものを食べる、

ということも重視します

次回から、それぞれの項目について、具体的なことを説明しますね。


今日も読んでいただいて、ありがとうございました
思考のコントロール 4
頭の中で続く考え事が、私たちに不安や緊張をもたらすことがあります

私たちが抱えるストレスの多くは、
そのようにして私たちの頭の中で創り出されたものなのです。

考え事というのは、ちょっとしたことで始まり
それをきっかけに、似たような過去の記憶が引っ張り出され
だんだん不安が大きくなってしまう

「あの時あんなことがあった」
「またそうなったらどうしよう」
「このままでは大変なことになる」

何が起こったわけでもないのに、自分で不安を大きくして
すっかり嫌な気分になってしまうことがあります

私たちの思考というのは、頭の中にためこまれた
似たような過去の記憶を引っ張り出す性質があります

ですから、嫌な記憶が引っ張り出されて
思考に勢いがついてしまうと、考え事は止めずらくなります
早めに気付いてストップをかけることが大切です

考え事に早めに気付くには、自分の気分に注意してみることが役に立ちます

何となくいやな気分のとき、憂鬱な気分でいるときには
頭の中で独り言ががじまっています
それも、楽しくないことを考えているのです。


頭の中から引っ張り出されるいやな記憶というのは
自分が経験したことだけではありません

テレビや映画で見たこと、人から聞いたこと
本や雑誌で読んだことなども含まれます

ですから、嫌な気分になるようなテレビ番組や雑誌の記事
あるいは友人の否定的で悲観的な話などは
なるべく見たり聞いたりしないことをお勧めします

テレビ番組や雑誌の記事の中には
意図的に不安をあおるような作り方をしたものも多いのです
人間には恐いもの見たさという心理があるからです。

そのようなものを好んで見ているならば、あなたの頭の中には
不安のもととなる記憶が、たくさんため込まれてしまうことになるのです。

きょうも読んでいただいて
ありがとうございました

思考のはなし、とても長くなりました

今日でいったん終わりにして
月曜日からは食事のはなしです

中国医学からみた食事に関する養生法についてお話します


思考のコントロール 3
今日は、呼吸と思考の関係についてのお話です

私たちの体には、自分の意思でコントロールできる部分と
自分ではコントロールができない部分があります

手や足などはコントロールできます
歩こうと思えば足は動き、止まろうと思えば止まります
止まろうと思ったのに動き続けたりはしません

心臓や胃腸などは、自分の意思とは関係なく自動的に動きます
心臓を止めてみようと思っても、止まりませんよね(笑)

このように体の機能は、自分でコントロールできるところと
コントロールできないところに分かれますが、
唯一呼吸だけが例外なのです

あなたは意識して呼吸を止めたり、早くしたりできます。
しかし、あなたが意識しなくても呼吸は自動的に続きます
うっかり息をするのを忘れて死んでしまうことなどありません。

あなたの体の自動的な働きのうちで
唯一呼吸だけが、自分でコントロールすることもできるのです

私たちの思考も呼吸に似ています
意識して何かを考えることができますが
意識しなくても勝手に考えというのは浮かんできます

そして、呼吸の状態と思考というのは深いかかわりがあるのです。
怒っているとき、呼吸は荒くなり
ゆったりした気分のとき、呼吸は深くなります
憂鬱な気分のときには、ため息が出たりしますよね

私たちの呼吸というのは、私たちが何を考えているかにあわせて
そのリズムや深さが変化しているのですね。

思考と呼吸のこの関係を利用して、呼吸を通して思考を変えることもできます
ゆっくりと深呼吸することで、ココロを落ち着かせることができるのです

呼吸の状態に意識を向け、観察しながら行うと
なお一層効果的です。

鼻の入口を空気が通ってゆくのを感じながら
入ってゆく息の音を聞いてみましょう

入ってゆく息の音が一瞬止まったあと
今度は出てゆく息の音を聞きながら
鼻の入口を空気が出てゆくのを感じましょう

あるいは、吸いこんだ息でおなかが膨らんでゆくのを感じて
一瞬おなかの動きが止まったあと、今度は
吐く息とともにおなかがへこんでゆくのを感じるのもよいでしょう

ゆったりとしたリズムで、意識的に観察しながら呼吸をすると
ココロがシーンと静まって、思考がおとなしくなってきます

頭の中のひとりごとが続いて、ココロが騒がしくなっているとき
緊張したり、怒ったり、憂鬱になったりしているとき
ぜひ試してみてください


思考のコントロール2
無用な思考から離れるための方法について書いています

前回は、手を洗う、入浴するなどの、いつもは無意識にやっていることを、
ココロをこめて意識的にやってみることをお勧めしました。

これは、禅の修行とも通じるものです

禅寺では、炊事、洗濯、掃除など、ごく日常的な事柄を
作務という名で、修行の一環として行います

考え事しながらでもできることを
ひとつひとつココロをこめて意識的に行うのです

禅の世界では「もの思わぬは仏の稽古なり」
という言葉があるそうです。

無用な思考から離れることが、
悟りに至るための重要な道筋であるとされているのですね。


さて、前回も書いたように、
考えることと感じることは同時にはできません。
感じ取るということを重視してゆくことが、
思考から離れることにつながります。

感じ取ることは、いつでもどこでもできることです。
今やっていることの手を止めて、
目を閉じ、耳を澄ましてみます

意識しない時には気づかなかった
さまざまな音が聞こえてくるでしょう

音だけではありません、まだまだたくさんの事が感じ取れます

部屋の温度、空気の流れ、衣服の感触、椅子の背もたれの感触
その部屋のにおい、他の人の気配

あなたの体はこんなにも多くの事を感じているのです

そのようにしてあなたの感覚に向けていた意識を
自分のココロに向けてみると、
ココロが静かになっているのに気がつきます

ココロの中のひとりごとが止まっていたからです
感じることを意識することで、思考が止まっていたのです。

今日も読んでいただいて
ありがとうございました


思考のコントロール 1 考えることと感じること
思考を道具として上手に使えば
望み通りの人生を生きる有効な道具になりますが

頭の中でダラダラと続く不必要な思考にのみ込まれてしまえば
多くのストレスに苦しみ、もって生まれた能力を発揮できなくなります

不必要な思考をコントロールするための方法について、

無意識のうちにダラダラと続く思考のスイッチを
不必要な時には切るための方法についてお話します

 
思考のコントロールはとても高度なテクニックで
私自身もまだうまくできていないこともあります

できていないのに、自分のことは棚に上げて書いています
そんなつもりで読んでくださいね

不必要な思考から離れるための方法として
とても効果的なもののひとつに

いつもは無意識にやっていることを
意識的に心をこめてやってみるという方法があります


手を洗う、歯を磨く、お茶を飲む、お風呂につかる、などの
いつもやっている動作、考え事をしながらでもできる動作を
ひとつひとつ意識的に、心をこめてやってみるのです

手を洗う時は、手に当たる水の感触や手のひらの石鹸のにおい
石鹸の泡の柔らかい感触、指先のこすりあわされる感触
これらを意識的に十分に感じてながら洗ってみるのです

お風呂に入るときには、湯船から立ちのぼる湯気
体に感じるお湯の感触、入浴剤の香り、
お湯の中で手足の筋肉がゆるんでいく感覚
これらを十分に感じ取りながらお湯につかるのです

こんなにもたくさんのことを、私たちの体は感じ取っていたのだ
ということに驚くかもしれません。
考え事をしながらやっていたときには、決して味わえなかったものばかりです

考えることと感じることは同時にはできません

私たちは普段、無意識に考え事を続けています
無意識のうちにあなたは思考と一体になっているのです

いまやっていることに心をこめて取り組むとき
ひとつひとつを感じ取りながら、味わいながら行うとき
あなたはやっているそのことと、一体になっています
もはや思考と一体になってはいないのです

思考が働いていない、そのときにこそ
あなたはたくさんのことを感じ取り、知ることができるのです

日常生活の中で、感じ取る時間を増やしてください
感じ取ることが増えれば増えるほど、あなたは思考から離れてゆくのです


今日も読んでいただいて
ありがとうございました

次回に続きます

無心になるということ
みなさんこんにちは 秋の空になりましたね
秋といえばスポーツの季節

皆さんスポーツは得意ですか?
僕は大の苦手です(笑) 
子供のころからずっと。

といっても、体が弱かったわけではないのです
十分健康なのに運動が苦手だったのです

生まれつき運動神経が鈍いんだと思ってきました
ですが、あるとき本当の理由に気がついたのです

それは、頭の中の考え事
僕はスポーツをするときにまでゴチャゴチャと考え事をしていたんですね

三振したらどうしよう
エラーをしたらどうしよう
シュートを外したらどうしよう・・・

あれこれ考えているからボールも見えなくなってしまうし
体も動かなくなってしまう

スポーツの得意な人に話を聞くと、やはりプレー中は無心になるそうです
失敗したらどうしよう、なんてことは考えないそうですね
むしろ、ホームランを打ちたいと思ってバッターボックスに入る
そして、入ったらもう何も考えないというのです


スポーツだけではありません
絵を描く時でも、楽器を演奏する時でも、あるいは仕事をする時でもそうです
無心になってやること、これがうまくやる秘訣です

始めるまではいろいろと考えることも必要でしょう
どのように段取りをするか、どんなふうに仕上げたいか

でも、いざ始まったら一切の思考をストップして
やっているそのことに集中するのです


無心になるというのは生きる上での極意のひとつです
頭であれこれ考えるのをやめて、やっていることと一体になるのです

あなたとやっていることが一体になった時
あなたの能力は最大限に引き出されるのです


今日も読んでいただいて
ありがとうございます

不必要な思考がストレスのもとになったり、
あなたが能力を発揮するのを妨げていることを
何回かに分けて説明してきました

次回からは、思考をコントロールするための方法について
思考に振り回されず、思考を使いこなすための方法についてお話しします
問題解決と思考
問題があったり、悩みを抱えていたりする時
私たちはいつまでもそのことを考えていたりするよね

考えることで問題を解決しようとしているのかもしれない。

でも、問題というのは考えることでは解決できない

そもそも考えることで答えが出てくるくらいなら
それは悩みや問題とは言えないよね

悩んでいるときに限らない
今日考えたことの大半は、昨日も考えていたことだ
私たちの思考というのは、ぐるぐると同じところを回り続けている

同じところを回るだけならまだよい
考えることで不安が大きくなり、問題を複雑にしてしまうことだって多い。

「案ずるより産むがやすし」という言葉があるように
そもそも問題などはじめから存在していなくて
僕らが頭の中で創り出しいていただけ、ということだって多い

もし、あなたが今、問題を抱えているなら
同じことをぐるぐると考え続けているのなら

今やっていることをすべてやめて
頭の中の思考を止めてみるんだ

散歩に行く、お風呂に入る、犬と遊ぶなど
今やっていることと全く関係ないことをしてみるのもよい

考えるという無駄なエネルギーを使わないだけでも
あなたのココロとからだの消耗はずいぶん小さくなるし

考えることを一切やめた時、突然アイデアやひらめきがやってきて
問題が解決されてしまうことだってある

これは発明王エジソンも言っていることなんだが
アイデアやひらめきというのは、考えている間は決して出てこない

考えられることをすべて考え尽くし、
「もう考えられない」と、考えるのを放棄した後
突然ひらめいたりするものなんだ



今日も読んでいただいてありがとうございました
無意識に思考が続くわけ
みなさんこんにちは 

29日に更新すると予告したのに すっかり遅くなってしまいました
アクセスしてくださった皆さん どうもすみません

思考とストレスのことについてもう少し書きたいと思います

わたしたちは無意識のうちに、頭の中で考え事を続けながら毎日を過ごしています

そしてその考え事の多くは、未来の心配の先取りだったり、
過去のいやなことを思い出していたりするのです

つまり、私たちは考えることで、自ら嫌な気分を作り出しているのです。

いやな気分になることが多いのにも関わらず、
なぜ私たちは考え事を続けるのでしょうか?

それは人間の思考能力、考える力というものが
もともと危険を避けるために発達してきたからなのです

「こんなことになったら困る」と未来の危険を想像して、
そうならないように気を配ったり
「以前こんな嫌なことがあった」と過去のいやな経験を思い出すことで
ふたたびそうならないよう気をつけたりしているのです。

思考能力を使い、危険を予測することでわたしたちは生き延びてきたのです。
そういう意味では思考はたいへん役に立つものです。

ただし、思考が役に立つのは必要な時に使った場合です

わたしたちは人間は、思考という能力にあまりにも頼り切ってしまったため、
危険なことなど何もないときにまであれやこれやと思考を続け、
自ら緊張感を作り出して疲れ切ってしまっているのです。

椅子に座っている時にまで、足が勝手に動いて足踏みを続けていたらおかしいですよね。異常だと思いますよね。

ところが私たちは思考することが習慣になってしまっているので
考える必要のないときにまで考え続けてしまっているのですね。

この絶え間ない思考の連続に気づくこと
そして、不必要な思考の習慣から離れられるようになることが
ストレスを減らして、より幸せに生きてゆくカギとなります


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しばらく参加を見合わせることにいたしました

ランキングを意識すると、「いいことを書こう」と肩に力が入ってしまいます。
そうすると、おもしろい文章が書けないことに気付きました。
今後も自然体で書いてゆきたいと思います
皆さんも楽に読んでくださいね。

今日も読んでいただいてありがとうございました。